色材コラム

化粧品・メイク

Vol.09 高齢者と色彩

日本ユニバーサルカラー協会(JUCA)理事長
南 涼子(Minami Ryoko)

カラーコンサルタント。「福祉と色彩」「ユニバーサルデザインと色彩」がライフワーク。高齢者施設の色彩計画を手掛け,全国各地での講演・講座や執筆を行う。
主な著書『介護に役立つ「色彩」活用術』(現代書林)
趣味 音楽を聴きながらの読書,美味しいコーヒーを淹れること,ドライブと温泉旅行。のんびり自分を解放する時間が大好き。でも今一番熱中しているのは仕事とボランティア。人はこれをワーカーホリックというのかもしれないが・・・。

福祉という言葉と全く縁のなかったその昔。色彩検定をパスしただけの「自称カラーコンサルタント」だった私は福祉とは無縁の人間だった。

高齢化社会と聞いてもピンとこないし,巷でボランティアという言葉も見かけてはいたけれど,横目でちらっと見るだけで何の好奇心も掻き立てられることすらなく,むしろボランティアという言葉に嫌悪感さえ抱いていた気がする。「上辺だけのキレイ事」「偽善者」。そんなイメージを持っていた。

今にして思えばきっと自分がそういう人間だったからこそ,そんな考えを持ったのだろう。人は勝手なもので自分の嫌な部分を他人に映し見てしまうのだ。意地悪な人間が人の善意を信じられず素直に受け取れないように。

そんな私が福祉の世界と出会ったのは全くの偶然だといえるが,はからずもそこには自分の価値観を一変する出会いが待ちかまえていた。

それは痴呆症の人達が持つ特有の「目」である。着飾った外見,作り笑顔は通用しない「心眼」と出会ったのだ。痴呆症の方々が暮らすフロアに到着したエレベーターが開いてその「目」に出会った瞬間,私は直感的に本質を「見抜かれている」と感じた。

皮肉なことにこの出会いは私を取り巻く世界の色を一変させた。私の内にある「偏見」という名の色眼鏡が砕け散ったのだ。この時から私は「福祉」の世界に色彩の専門家として関わることになった。

以来私は月に2,3度ボランティアで高齢者施設に通うようになった。高齢者の心身を活性化させる色,快適に過ごす色を提供するにはまず,その人達の生活背景,習慣,特性を知る必要があるからだ。そしてそこには何よりも「心」を理解するという作業が不可欠だといえるだろう。

現在施設で継続している色をテーマにした「色彩レクリエーション」は高齢者を知る手立てとして始めたもので,相手を理解するためのコミュニケーションの材料として色彩を応用する手法をいう。試行錯誤の末,提供しているのは内面からはたらきかける「色塗り」と外見にはたらきかける「カラー&メイク」である。
当初「色塗り」はコミュニケーションをとることを目的として始めた試みだったが,今はメンタルケアの手法としても応用している。色彩を通じて言葉にならない想いを吐き出し自己表現をすることは感情の活性化やストレスの緩和につながる。塗られた色は心の投影であり,それを媒介とした対話を行うことは高齢者の心理状態,問題点を掴む糸口をつくりだす。

外面を変化させる「カラー&メイク」は高齢者のおしゃれの選択肢を広げ,表情を豊かにして気分を前向きにさせる。外見をつくることは自意識を生み出し,それが外の世界へと目を向けるステップとなるのだ。こうした試みは施設の色彩計画にも大きく役立っている。なぜならこのような活動を行うことで高齢者のストレスケアにふさわしい色がおのずと見えてくるからだ。

現在私が行っている取り組みは,ともすると「高齢者介護」「バリアフリー」という「特別」で狭い枠組みの範囲を対象としていると考えられがちだが,私はそうは思わない。つまるところ相手は所詮人間であり,日常生活を営むために人の力を必要とするかしないか,年をとっているかどうか,ただそれだけの違いなのである。年をとって介護が必要になろうと,人は大きく変わることはないのだ。

快適な環境に住み,美味しい食事をとり,装いを楽しみたい。それは生涯変わらず誰しも根源にある願いではないだろうか。しかし今のところ一部の高齢者を除いてそうした生活を送る環境は整えられていない。私はそれを実現する手段のひとつとして介護福祉の現場に「色」を提供しているが,実際関わっていると色の果たす役割は大きいと実感する場面に幾度か出会うことがある。私はその度に彼らから色彩がなんたるかを「教わっている」と感じ入ってしまうのだ。

先日山梨県のヤマトタケルが植えたとされる日本最古の古木,神代桜を見てきた。樹齢二千年ともいわれるその桜は今もなお,美しい薄紅色の花を満開に咲かせている。人間に例えるなら最長寿の高齢者だ。神代桜は私の理想とする高齢者像である。私もまた高齢期を迎えるとき,花を咲かせ続ける底力を持った人間でありたいと願っている。

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