大阪大学大学院生命機能研究科 助手
吉岡伸也(Yoshioka Shinya)趣味:スピーカー作り。ボールジャグリングの練習もしています。
最近読んで面白かった本は「すばらしい新世界」(池澤夏樹),「吾輩は猫である」(夏目漱石)。
連絡先:大阪大学生命機能研究科 木下研究室
先日,香川県は小豆島の孔雀園へ行ってきた。私は,数年前からクジャクの羽根の色について研究しているのだが,実はこれまで,囲いの外からでしかクジャクを見たことが無かった。そこで,クジャクが放し飼いにされている場所へ行き,もっと近くからじっくりと彼らを観察したいと思ったのがそのきっかけである。
瀬戸内を船で渡り,小豆島の土庄に入る。そこからバスにゆられて15分,思いの外早く目的地へたどりついた。園内に入るとすぐに彼らが出迎えてくれた。入り口でチケットを購入しているときにも,すぐにクジャクが近くまで寄ってくるではないか。野生のクジャクは分からないが,ここのクジャクは人によく慣れていると感じた。さらに園内に進むと,期待通りにオスとメスの数多くのクジャクに出会うことができた。
図1 クジャクのオスが羽根を広げた様子。手前がメス。小豆島の孔雀園にて撮影。
図1 クジャク美しいのはやはりオスの方である。長い目玉模様の羽を引きながら,ゆっくりと歩く様子は,王者の風格というべきか,なにか貫禄のようなものを感じさせる。ところで,クジャクといえば,目玉模様の羽根を広げた姿を連想されるのではないだろうか(図1)。それは,オスがメスに求愛する場面である。今回の訪問でも、,運良く何度もその光景を目にすることができた。メスが近づいてくると,オスは目玉模様の羽根を扇のように大きく広げる。そして,広げた羽根全体を素早く震わせてザワザワと大きな音を立てるのだ。それは,単に美しいばかりではなく,羽根を必死に震わせて一生懸命メスにアピールしている必死さが伝わってくる。ところが,一方のメスはと言えば,まるでオスを無視するかのようによそ見をして,観光客のまいた餌をついばんでいる。私の見た求愛シーンは,オスの連戦連敗に終わっていた。うーむ,王者のような風格を持つオスであるが,結局はメスのほうが強いのか?そういえば人間の世界でも・・・,などと勝手な連想をしながら,すっかり満足して帰路についた。
図2 青い羽根(首の部分)の顕微鏡写真。無数に枝分かれした部分が小羽枝と呼ばれている。
図2さて,皆さんはクジャクの羽根を手にとって,じっくりと眺めたことはあるだろうか?あの,なんともいえない微妙な色合い,奇妙な目玉模様,そして見る方向によって色を変える様子は大変に美しい。顕微鏡で拡大して観察すると,きらきらと輝く羽根はまるで宝石のようである(図2)。実はこの色,“構造色”と呼ばれる特別な色である。通常の色は化学色とも呼ばれ,色素分子が特定の色以外の光を吸収することで着色しているのに対して,構造色はその名の通り構造―すなわち形―によって色がつくのである。ただし,形とは言っても,とても小さなサイズの構造(光の波長程度、1㎜の千分の1くらい)が重要である。
造色の身近な例としては,シャボン玉が挙げられるだろう。せっけん膜は,それ自体は透明で色がないのに,条件が整うと虹色が見える。これは,膜の厚さが極めて薄くなるために,“光の干渉”と呼ばれる現象がおきるためだ。CDの裏面にも規則正しく並んだ凹凸があり,同様の現象を引き起こしている。一方,自然界に目を向けると,様々な種類の生物が構造色を利用している。昆虫ではタマムシや青く輝くモルフォチョウなどがその代表例である。鳥類では,クジャクを始めとして,マガモの頭の部分,カワセミの青い羽根など,魚類では,熱帯魚のネオンテトラなどが構造色である。多くの生き物に見られる構造色であるが,進化の歴史を遡ると,実に5億年もの昔,カンブリア時代に出現したのではないかという報告すらなされている。
図3それでは,それらの生物は,一体どんな微細構造を持っているのだろう。クジャクの羽根が持つ微細構造を図3に示そう。鳥の羽根は,一般に二度枝分かれする構造を持っている。そして,二度分かれた先の一番細い枝は,小羽枝と呼ばれている。図3はその小羽枝断面の透過型電子顕微鏡写真である。規則的に並んだ粒の構造が見て取れるだろう。この粒は,人間の髪毛の中にもあるメラニン色素の顆粒である。粒の間隔は光の波長の数分の一で,屈折率などを考慮すると,ちょうど光の干渉条件を満たすことが分かっている。そして,首の青い羽根とその下側にある黄色の部分とでは,少しだけ粒の間隔が異なっているのだ(後者の方が粒のわずかに間隔が広い)[1]。すなわちクジャクは,メラニン顆粒の間隔を,わずかではあるが確実にコントロールして,羽根の色を変化させている。
図3 小羽枝断面の透過型電子顕微鏡写真。上のほうは,小羽枝の表面付近に並んだメラニン顆粒の配列が見て取れる。下の方は,小羽枝の内部になるが,顆粒の配列は乱雑になっている。白線は500nm。
光について少しでも学んだことのある人は,“光の干渉”と呼ばれる現象をご存知であろう。回折格子や多層膜などがその代表例である。自然界の構造色でも,確かに光の干渉が関係している。しかし,実際の生き物が持つ構造はもっと複雑で,単なる干渉だけでは説明のつかない場合が多い。構造をよく分析すると,干渉を引き起こす規則的な構造だけではなく,それに反するような不規則な性質も併せ持っているのだ。規則的な構造と不規則な構造,その両者が共同して発色する仕組みは,最近になって,ようやくモルフォチョウなど例にして分かってきた[2]。クジャクの羽根の場合には,メラニン顆粒の配列だけではなく,小羽枝の断面が三日月状であること,小羽枝がねじれていることなどが光の反射特性に大きく影響している[1]。また,メラニンなどの色素を併用し,構造による反射光をより強調してみせるなど,多くの生き物は様々な工夫を凝らして,独自の色を作り出している。
生物の持つ輝きの仕組みには,まだまだ謎が多い。これからも,不思議なことを素朴に感じながら研究を続けていきたいと思っている。
関連ホームページ、構造色研究会 http://mph.nb.fbs.osaka-u.ac.jp/~ssc/index.html
[1] S. Yoshioka and S. Kinoshita, FORMA 17, 169-181 (2002).
[2] S. Kinoshita, S. Yoshioka and K. Kawagoe, Proc. R. Soc. Lond. B 269, 1417-1421. (2002).