岐阜大学工学部応用化学科教授
大久保 恒夫(Ookubo Tsuneo)1969年京都大学工学部高分子化学教室助手,
1978年同助教授、
1996年岐阜大学工学部応用化学科教授。
専門は高分子電解質溶液およびコロイド分散液の物理化学的性質、コロイド結晶全般、無重力化学、高分子触媒等。
趣味:旅行、おいしいものを食べる。
不思議なことですが固体の界面が水に触れると固体表面は負に帯電します。そして,界面に近い水相では低分子イオンから構成されるイオンの雲である電気二重層が形成されます。界面では自由エネルギーが大変高いのでこれを下げようとしてこのような現象が起こります。例えば,球状のコロイド粒子の水分散液をイオン交換樹脂で徹底的に脱塩しますと電気二重層は最大1マイクロメーターにも広がり,粒子のみかけの粒経が大きくなり,しかも決まった容器の中で粒子がブラウン運動をするために,丁度容器に効率良く粒子を並べて粒子が互いに離れようとして結晶化する訳です1-5)。
図1 シリカ分散液の巨大コロイド結晶(平面型セル中,文献8から改訂引用)
日本の一部の研究者は粒子間に静電的な引力があってそのために結晶化すると主張していた時期がありました。しかし,現在では実験的にも理論的にも完全に否定されています。彼ら自身も最近,斥力説に従って沈降平衡下でコロイド結晶の弾性率を見積もっているほどです6)。真実は引力説とは全く逆でして,電気二重層(一般的には全体として正荷電である)の重なりに由来する静電的な反発力のために希薄な濃度でもコロイド結晶化が生じる訳です。コロイド粒子は決まった容器と水の表面張力で閉じ込められた中でブラウン運動をしているので特に結晶化した領域内にはみかけの引力が働いています。斥力で結晶化した例としてプラズマ結晶があります7)。金属や氷,タンパク質結晶などの一般的な結晶では原子や分子間での結合長や結合角が決まっていて引力が働いています。したがって,引力系の一般の結晶では格子定数(最近接粒子間距離)は1種類だけです。これに対して斥力系のコロイド結晶やプラズマ結晶では帯電した球状の粒子間には結合長も結合角も存在し得ません。これをはっきりと示すように,コロイド結晶やプラズマ結晶の格子定数は粒子濃度に対応して変化します5)。
図2 シリカ分散液の巨大コロイド結晶(試験管中,文献8から改訂引用)
筆者らはコロイド分散液を10年以上にもわたって徹底的に脱塩し,しかも極めて希薄な粒子濃度の条件で最大8mmにもなる均一核形成から成長した巨大コロイド結晶を作ることに世界で初めて成功しました。その近接写真でみてもコロイド結晶は感動的に美しいのです。この美しい色調は規則構造性に基づくブラッグ反射に由来するもので,最近着目されて来ている構造色です。モルフォ蝶や玉虫の鮮やかな構造色と同じなのです。ここで注意をする必要があることとして,日本の一部の研究者は容器の壁から成長した結晶が巨大結晶であると過った主張をしていることです。壁からの結晶成長は不均一核形成に由来するもので,多くの小さな結晶が壁から垂直にエピタキシャルに成長したものなのです。決して巨大な単結晶ではありません。多結晶体であるが同じ方向に成長していますので単結晶とまちがい易いのです。これら日本の一部の一連の過った研究報告は科学の進歩にとってまことに有害です。コロイド結晶のモルホロジーは粒子間の相互作用の違いにもかかわらず一般の結晶と全く同一です。
図3 遠心力下でのコロイド結晶の虹状構造色(文献8から改訂引用)
コロイド結晶の結晶成長過程は主に時間分割反射スペクトル測定により解析されました。核形成,結晶成長ともに速度は予想外に速いことが解りました。そして,コロイド結晶成長過程は粒子のシンクロナスなゆらぎに由来する動的相転移であると予想されますが,古典的相転移として整理出来ます。航空機を用いた無重力実験によりますと,単一粒子系では無重力下で減速するのに対して,二種類の大きさの混合系では加速されました。前者では無重力下で粒子の並進拡散が低下することで,後者ではセグレゲーション(排斥)効果で良く説明できました。コロイド結晶の格子構造は面心立方格子(fcc)か体心立方格子(bcc)で,前者はより安定な条件(低温,脱塩系など)で生成します。また、実測された格子定数は粒子濃度によって変動し,濃度から算出される値に一致しました。これらの事実は粒子間の相互作用は斥力のみであり,電気二重層で囲まれた粒子のパッキング現象に対応していることを明白に示しています。
コロイド結晶の弾性率は沈降平衡下または直流電圧平衡下での光学顕微鏡観察や反射スペクトル測定,さらに,遠心力平衡下での測定などから系統的に測定されました。結晶弾性率は単位体積あたりの数密度により定められることが明白になりました。また,脱塩の進行とともに結晶弾性率は増加し,結晶の弾性率は対応した濃度でのコロイド液体に比較して大きいことが解りました。粒子間の相互作用が引力であろうが斥力であろうが弾性率には差異を生じないことが判明しました。興味深いことにコロイド結晶の粘度が測定できるのです。還元粘度の粒子濃度依存性を見ると,液体―結晶転移を生じる条件でピークが生じることが初めて判明しました。
図4 沈降平衡下での金コロイド粒子の結晶構造
コロイド結晶を構成する粒子は負に帯電し,しかも結晶はブラッグ反射するので電気光学効果があることが予想されますので,筆者等は一連の調査を実施しました。詳細は省略しますが,コロイド結晶は波形変換効果や位相発生,高調波発生,波動伝播効果,さらには共鳴効果のあることが判明しました。更に,コロイド結晶におけるブリンキング現象を初めて見出しました。これは結晶成長の初期で成長を停止させ,結晶化と融解を平衡にした状態です。結晶の並進と回転拡散により星がまばたくようになる現象です。また,コロイド結晶の屈折率や粘弾性,レオオプティックス測定なども詳細に行われました。更に,コロイド結晶液をカバーガラス上で乾燥させたときの散逸構造パターンの研究も報告されています7,8)。
1 )T.Okubo, Acc.Chem.Res.,21, 281(1988).
2) T.Okubo, Prog.Polym.Sci., 18, 481(1993).
3) T.Okubo, Macroion Characterization, K.S.Schmitz(ed), ACS Symp. 548, ACS, Washington,D.C. 1994.
4) T.Okubo, Curr.Topics Colloid Interf. Sci., 1, 169 (1997).
5) T. Okubo, Crystalline Colloids, Encyclopedia Surface and Colloid Science., A.Hubbard(ed), p1300, Marcel Dekker, 2002.
6) T.Okubo, H.Hase, H.Kimura and E.Kokufuta, Langmuir, 18, 6783 (2002).
7) T.Okubo, S.Okuda and H.Kimura, Colloid Polymer Sci., 280, 454 (2002); T.Okubo, K.Kimura and H.Kimura, Colloid Polymer Sci., 280, 1001 (2002).
8) 大久保恒夫,美しいコロイドと界面の世界,まつお出版 (2001).